習作の小説 『鶺鴒』その二

〈ニ〉

不意に喧騒な街を歩く亜里沙の耳に木立が風に吹かれて擦れる音が聞こえた。見上げると重機に食いつぶされた都市開発の残滓とも呼べる森が小島のようにぽつんと浮かんでいる。

亜里沙はそこが予ての目的地であったかのように自然と歩を向けた。立ち入り禁止の札がかけてあるタイガーロープを跨ぎ、奥へは入った。

木々の中は森閑として小川の滔々と流れる音だけが幽かに静寂に染みている。亜里沙はスカートに土がつくのも厭わずその神域に腰を下ろした。雲間からわずかに届く光が木漏れ日となりぼんやり地面に怪しい模様をつくってい、幻惑的な空間が亜里沙の周りを包んでいる。

暫くそこに佇んでいるとどこからか白と黒の鮮やかな鶺鴒が飛んで来て彼女の前の清流に足を浸した。その明かな姿は暗がりの中でも映え、何者にも侵し難い神々しさを帯びていた。

細い足で水を掻き頭を垂れて長い尾を上げたかと思えば遠近を歩き廻る。亜里沙はその奔放なワルツを永遠に眺めていたかのように思われた。(或いは一瞬であったかもしれない)

美しい鶺鴒は来た時と同じようにどこかへ飛び去って行った。そして亜里沙は一つの決意を心に認めた。飛ばねばならぬ。