習作の小説 『鶺鴒』その一

『鶺鴒』

〈一〉

霙のような重い憂鬱が亜里沙の心を覆っていた。それは今に始まったものではなく、慢性的な事であったが今日はとりわけ酷い。

亜里沙は一つ溜息をつき、平生の通り制服の黒いスカートを履き、くたびれた白のブラウスに袖を通し家を後にした。

マンションの正面玄関を出て空を見上げると都市の排気と混ざって汚く淀んだ曇天に電線が二つ掛かっている。亜里沙は小さい時分から豁然たる空を区切るように出しゃばる電線が嫌いだった。

それはどこか亜里沙を無限に広がる空から捕らえて地面に押さえつけてやろうとする悪意に満ちたものであるかのように思え、被害妄想染みた亜里沙の心を苛んだ。

そうした陰惨から逃れる為か、それとも只同級生を避ける為か亜里沙は普段は右に曲がる三叉路を左へ曲がった。

しかし違う道には入ったからといっても重苦しいビルが林立する大阪の街並みが変わるわけでも無く、どこかで見たようなサラリーマンの群れが欠伸混じりにのろのろと往来する道を、亜里沙もまた蝋人形のような顔を下に向け浮き草のように漂うのだった。