習作の小説 『鶺鴒』 その三

亜里沙は急いで森を出た。来た道を走って戻る。三叉路を曲がって自宅のマンションへ。そしてエレベーターも使わず階段を駆け上がる。運動を得意としない亜里沙の体はとうに悲鳴を上げている。心臓は狂ったように波打つ。咽からは血の腥い塊が押して来る。自室のある六階を超えた。しかし肉体の疲労に気づかない程亜里沙は急いている。只ひたすらに上へ昇る。そうして屋上に出た。

風が髪を靡かせる。苦しみ喘ぐ身体を引き摺って眼下の眺めを見下ろす。あんなに憎らしかった電線が遥か下にある。亜里沙は引き攣った顔を崩して歪な笑みを浮かべた。

私も自由になろう。絶望に満ちた私の唯一の欲求は遂に甘美な死の中にしか存在し得ぬことを悟ってしまった。

手摺を越えて私は飛んだ。風を切るその一瞬は私の惨めな心を永遠に慰めた。